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2000年1月の呟き
ここでの感想、質問等はメールないしは来客名簿までお気軽にどうぞ
2001.01.28 何故だか分からないが、どうしようもなく眠い。昼過ぎまで寝てはいたのだが、16時辺りには気が付いたら
*1また寝てしまっていた。ふと気が付くと20時を回っていたので、いい加減に写真の作業をしようと一風呂浴び、気分を一新したところで電話がかかってきた。いつもの人である。今までの借り
*2を返すと言う。明日は平日である事が浮かんだが、同時にタダ酒を逃す事も無いとも思った。まだ時間は21時前である。それに明日はどうせ上司も出張しているし、対した仕事はないので有休を取ってしまおうかとも考えた。どうせ、入社してからまだ、有給は使った事がないのだ。
結局、気が付くと飯田橋のBarにいた。今日は
いつもの店は休みなので、昔良く行っていた方の店である。最初はまだ今日はどうするか決め倦ねていたので、無難に「シャンディーガフ」
*3を呑んで済ませていた。しかし、2杯目に入った辺りで天使が「こんな事で有給を使っていいのか?」と囁くのに対して、悪魔が「有給休暇は労働者の基本的人権である」と囁く。シャンディーガフを呑み干して気が付くと天使はどこかに消えていた。その代わりなのか、私の手にすぐさま丸い氷が浮かんだフォアローゼス プラチナのダブルのグラスが握られていた(ぉ
最後に意識を取り戻すと
*4私の胃袋にはフォアローゼス プラチナとブラントン ブラックがダブルで2杯ずつ収まっていた。どうやら今までの借りの
一部は取り返すことが出来たようである。
*1
何の事はない。本を読みながらJohnnie Walker Black Labelをストレートで呷っていたのが悪い(--;
*2
ご興味のある方は、去年のに11月、12月の日記を見て頂きたい。
*3
ビールとジンジャエールを割ったカクテル。喉越しを愉しむ飲み物である。アルコール度数が低いので、お酒に弱い人にもお勧め。
*4
最後までキチンと記憶はあった。念のために(--;
2001.01.27 昨日の状態から何とか復帰。別に宿酔いにはなっていないようだ。今日はどうしようか?と思い、外を見たらそこは雪だった(ぉ
先週以上に雪が降っているので今日は大人しくしていようかと思っていたが、前回ほとんど外の写真を撮っていない事に気づき、気がつくと自転車に乗って外出していた(爆)新宿に向かうために総務省統計局の前を通ると、除雪のために出動したらしいクレーン車が動けなくなっていた。その光景を見た時、一瞬今自分がどこにいるのか分からなくなった(--;

ひとまず、新宿の辿り着くが……、予想以上に人が多い。他人のことは言えないがみんな何しに来てるんだ?(ぉ ヨドバシカメラでフィルムを買ってから、一眼レフにカラーのフィルムを入れるか、白黒のを入れるか迷ったが、敢えて白黒にする。近い割に意外と行っていない東京都庁の第一庁舎に行ってみるが、私以外に3人のグループが、広場前で写真を撮ったり雪合戦をしていた(^^; ここで日記にでも載せようかとデジカメを構えるが……、見事のバッテリーの容量がドロップしてしまい、使い物にならない。仕方ないので、一眼レフで撮る。ここまで折角来たので展望台に行こうと都庁舎に入ったが、考えてみれば私は20年以上新宿区民で有りながら、今まで都庁に入った事が無かった(--;
庁舎に入るとロビーには、寒さを避ける為に入った浮浪者が居た。
展望台に上がると思ったよりも人がいた。殆どがアベックだったので少し悲しいものはあったが(汗)展望台に来たのはいいが、幾つかの窓は吹き付ける雪で何も見えない。また、雪の吹き付けていない窓から眼下を見下ろしてもビル風で舞い上がった雪とガスで殆ど何も見えなかった。ビル風により下から上に吹き付ける雪を見るのはある意味壮観ではあったが。ここで多少はデジカメのバッテリーが回復しないかと期待したが、回復どころか状況はさらに悪化してしまい、いったん展開したレンズが出たままで完全に動かなくなってしまった。本気でデジカメを投げつけてやろうと思ったが(ぉ
何も撮れなかったので早々に展望台を退散したが、都庁前広場に行ったところ、先ほど記念撮影や雪合戦をしていた3人組はデッカイ雪だるまを作り始めていた。私よりもツヨい奴らが居たものだ(--; 周辺で多少写真を撮った後、母を見舞いに大久保病院へ。この辺でいい加減に寒さが応えてきたので発熱用燃料のためにJohnnie Walker Black Labelを病院前の酒屋で購入した。
母がいる階に行き病室の方へ歩いていると、どう見ても前々日に手術したとは見えない普通の姿で母が出てきた(--; どう見てもやつれているようには見えない。母に聞いてみると担当医が呆れてものが言えない位順調に快復しているらしい。当人は病院のものしか食べていないのに、体重が全く減っていないと嘆いていた。そういう問題なのか?このままだと、来週には病院を追い出されるだろうと当人は平然と言ってのけた。私の方こそ開いた口が塞がらなかった。丈夫な人である事は分かっていたがモノには限度ってのがあるだろう?転移さえなければ問題は無さそうなのである程度話をしてから病室を出た。
病院を出たところでウイスキーを呷り、体が冷めないうちに帰ろうかと思ったが、有る意味失敗だった。呷って直ぐに、ある程度以上のレベルのウイスキーだと、特に体に灼熱感が湧いてこないのを身をもって知ったからだ(汗)さらに皮コートで守られていない両手は最早自分のモノとも思えない状態だった。
実家に戻って洗濯などをしていたまで良かったのだが、自宅に戻ってからついつい食事を作りつつ買ってきたウイスキーに手を伸ばし、ふと気が付くとボトルの半分が無くなっていた。ほんとに肝臓壊すぞ、我ながら(--; ちなみにここで言っているボトルとはミニボトルではなく普通の700mlのものである。念の為。
2001.01.26 私は普段は昼飯は弁当を食べているのだが、今母があんな状態なので外食で済ませている。今までほとんど外で食べていなかった事もあるが、立川は思ったほど飲食店が無く店選びに困っていた。水曜日に昼飯を済ませた後、会社に戻る途中で近くの三越デパートのレストラン街に
アンナミラーズがある事に気づいてしまった。実は私は東京に20年以上住んでいながら
かの有名なアンナミラーズに行った事がなかったのだ。どうせ、昼飯に行く場所で困っていたので、今日は話の種と言う事でアンナミラーズで昼飯を採ることにする(爆)
デパートのレストラン街をアンナミラーズを探しながら、いろんな店のメニューを見て回るがどれも高い。「デパートのレストランだからって人の足元見やがって…」と心の中で悪態を突きながらようやくアンナミラーズを見つける。表のメニューを見るとランチ1200円と書かれている。……、その辺の壁でも蹴って帰ろうかと
真剣に考えたが今更他に店に行っては時間が無くなってしまうのでとりあえず入る。店に入ってウエイトレスを見て思ったが、噂通りにウエイトレスの制服にはスゴイ。何というか、セクハラ入ってないか、あれは?(笑)しばらくして気づいたが、オレンジとピンクの制服の2種類があり、ピンクの人の方がバストが目立つ方だった(ぉぃ それと、赤の普通のエプロンの人も居たがその方はバストがあまり目立たない方だった(ぉぃぉぃ 昔ポン氏が「アンミラは胸の大きさで時給が決まるらしい。」と言っていた事を思い出した。強ち間違いではないのかもしれない(爆)
*1 昼時のせいか、かなり待たされたので暇潰しにじっくりとウエイトレスを観察していたが(笑)ようやくランチが来た。予想以上に量は多かった。これなら1200円でもしょうがないかな?と思いながら食べ始めたが……。一人黙々と食べていたが、私にしては珍しく半分ぐらい残して店を出た。店を出てから、「2度と来てやるもんか」と言ってやりそうになった(爆)
いや、普通のファミレスと同じつもりでいたのだが、予想以上に不味かった(ぉ 不味いとは不適切かもしれないが、アメリカンな味のしない料理だった。「俺には、はやり立ち喰いがお似合いなのか?」と思いながら会社に戻った(汗)
母のことが気になったので仕事の途中で父に病院時間の事を聞いてみた。すると「いま、お母さんに代わるから」と言われた。ちょっと待て、昨日手術したばかりじゃないのか?母に聞くと寝ているより起きていた方が楽だそう(汗)感心するやら呆れるやらで見舞いに行く気が完全に失せた(ぉ
幸い仕事もキリが良かったので、母の見舞いを言い訳に早めに会社を出る(--; 19時に国分寺の馴染みの店に着く。暫くすると、某I氏とデブレット氏が到着した。ここ最近私があまり東京にいないので、今日呑みの約束をしていたのだ。今回は平和?に3合行かない程度に呑んで騒いでいたが、店を出る直前に入り口の方を見ると、前の会社の人が来ていた。今日はさらに前の上司も来ていた(汗)さすがに私が2人引き連れて呑みに来ていたので呆れた顔をしていたが。
店を出てから、某I氏より今回の裏の目的のとても重いモノを受け取った。そう、
前に言っていたパトレイバーの新OVA16巻にさらに劇場版2の併せて17枚のLDである(爆)さすがにシャレにならない重さである。これを無くしたらシャレにならんなと思いながら家路についた。中央線で気が付いたら思いっきり寝過ごしはしたが何とか無事に帰れた(汗)
P.S 某I氏へ
LD代、今回の呑み代と言う事でしたが、今回呑んでいた日本酒、君がボトルキープしていた奴だったんですけど(汗)もう一回奢ろうか(笑)
*1
真相をご存じの方、是非とも掲示板の方にご連絡下さい(笑)
2001.01.25 珍しく夢を見ていた。最初は誰か知らない女性が左胸を刺されていた。どんな顔かは分からなかった。その後母が出てきて、「1週間で出てきてやる」と言っていた。「うちに母らしいな。」と思ったところで目が覚めた。自分にこんな性格があるとは思わなかった。
今日は会社を休んだ。今日が母の乳癌の手術のためである。乳ガンは他の癌と違って自分で調べることが出来ると言う事で、母は常日頃から気にしていたそうだが、去年本当に”シコリ”を見つけて、病院に行ったところ本当に見つかったらしい。ただ、
前々日の家族との事前説明によるとレントゲンに写らないほど早期癌なので、外部から組織を検査してみたが悪性か良性が分からなかったと言う。元々母の家系は癌で死んだ人が多いので非常に不安ではあった。
当日手術が13時からというので、事前に麻酔をかける時間を考えて12時前には病院に到着していた。手術する当人はうまくすれば癌ではないのでは?と楽観的だった。まあ、悲壮感たっぷりよりかはこちらとしても気は楽だが。前の手術が伸びているとのことで手術が始まるまでかなり待たされた。13時半頃になってようやく看護婦さんがきて、麻酔を打った。弱い人はすぐに寝てしまうとのことだったが、母は手術室に向かうまで私と話していた。最初の1時間くらいは、今度新しくやるTRPGのキャラシーを作りながらのんびりと構えていたが、さすがに時間が経つにつれ不安になってきた。待てなくなっても待ち、それでもなお待った。
手術開始から実に3時間半後にようやく執刀が出てきた。やはり癌だったという。手術室とは別の検査室に呼ばれ実際に切り取った患部を見せられた。標本を取り出して「よくこれでご自分で見つけられましたね、本当に初期の癌でした。」と言われた。正直、標本を見せられて、ミル貝か何かと思った。以外と現実感に乏しいモノだった。医者が指さした先、1cm位の所は確かに周りに組織とは変化しているのが分かった。見るモノは見たのですぐに手術室前に戻って、出てくるのを待った。母は酸素マスクをつけて出てきた。すでに意識は戻っているようで何かを言っていた。よく聞くよ、「どうだった?」と言っていた。さすがに気になるらしい。「良くも悪くもなかった。」とだけ言った。
病室に戻ってから、手術後チェックなどをしていたのでだいぶん待たされた。頭には何も浮かんでこなかった。ただ、待つしかなかった。チェックが終わってから病室に入ると、意識は完全に戻っていた。看護婦の話では一晩中麻酔が効いていることはよくあるので、これだけ早く意識が戻るのは珍しいそうだ。母に聞いてみたが手術をした方の腕は感触はあるそうだ。下手すると後遺症が残ると聞いていたので安心した。あまりに元気そうだったので、30分位して病院を出た。今までフィルムスキャナーが動いていないので、SCSIボードを買いに行きたかったからだ。自分で自分のことが理解できなかった。よくも罰が当たらないものだ。まだ、検査がすべて終わるまで油断は出来ないのだが……。
*1
うちのマンションはオートロックなので外からインターホンで会話をする必要がある。小うるさい、新聞、NHK等の勧誘などに威力を発揮する(ぉ

都電荒川線の辺りは殆ど除雪がされておらず、加速で後輪がホイールスピンはするわ、道の向こう側に渡ろうとノンブレーキで赤信号の歩道を渡ろうと右にハンドルを切ったところ、見事にテールスライドして、カウンター当てたまま1、2m真横にカっ飛んで行ったり、何とか直ぐに体勢を立て直したのでそのまま反対側に渡ろうとしたら、自転車に乗ったお巡りさんが反対側で道でこっちを見ていたので、横断歩道の真ん中の待合い場所で気まずく信号が青になるのを待っていたりと訳の分からない事をしていたが(汗)所要時間20分の9時ジャストに集合場所に着いた(^^;
……(--; だが、北羽氏は来なかった(爆)予想通りに遅れて来て頂きました、30分遅れで(汗)
前回と似たようなものである(--; ウダウダ言ってもしょうがないが一言だけ言わせて貰いたい。
「都会の風は
今回も冷たかった」(--;
サークル入場するために文化ホールに入ろうと、階段を上っていると上がりきったところで学校の後輩だった大吾氏に遭遇(--;挨拶した後さらに歩いていると、また学校の後輩であるポリ伯氏に遭遇……(--;いや、2人ともスタッフやっているのは分かっているけどね(汗)さらにスペースに行って準備をしていると、これ又後輩のT氏が私の視界に飛び込んできた(汗)彼もサークル参加でしかも我々がいるのと同じ島のスペースらしい(大汗)我ながら困った話である(--; 今回は前回と違い、その場で製本作業(笑)が無かったので平和だった。
隣のスペースの人がどう見ても風呂に入っていなくて、臭っていた事を除けば(汗) 開場してからも平和に進み、途中抜け出させて貰って、ポリ伯氏に差し入れにスッポンドリンク
*1を渡してきたり(笑)、終了前ぐらいにまたポリ伯氏に捕まって、サンクリの本部で仕事をしていた、これまた後輩のカイト氏に顔を合わせた位で
*2無事に終わった。
その後、まんがの森に寄ったのだが、ついつい
火浦功氏*3の
「未来放浪ガルディーン」の3巻を買ってしまった。ガルディーンの2巻が出てから14年目って、そこまで延ばすか普通(--;
*1
ちなみに4本セットの奴を3Fの受付の所に持っていったが、ポリ伯氏はもとよりその場にいた連中全員に受けていた(笑) 次回はどんなものを持っていこうか(ぉ
*2
北羽氏に言わせると、何故そこまで学校の後輩に会うか不思議らしい。やっぱりそうか?(ぉ
*3
火浦氏は非常に遅筆で書かれた作品が非常に少ないので(ぉ 私はそれになりに読んでいると思うが、一番のお気に入りは「死に急ぐ奴らの街」である。火浦氏唯一のギャグ無しのハードボイルドだが(笑)
2001.01.20 今日はついに
「AVALON」の公開日である。自他共に認める押井FANである私が初日に舞台挨拶に行かない訳にはいかない(--; 2時頃床に就いたが全然寝付けないのでラムをダブルで3杯ほど呑んでようやく寝る。朝は呑みすぎたせいかかなり起きるのが辛かったが(ぉぃ 何とか6時半前に起床、一路渋谷へ。7時半に現地に着いたが思ったほどは並んでいなかった。また、幸い私が並んだ辺りは駅との連絡口の階段に入る所だったので、列が動くまで2時間弱ほど座って待っている事が出来た。後で館内に移動した後列を整理するので係員がカウンターで数を数えていたが私は68番だったらしい。AVALONはすでに
東京映画祭で一度見ているので舞台挨拶のことを考えて敢えて一番前の席を取る。結局、会場は完全には埋まらなかった。まあ、人狼の時と違って一応は全国ロードショーだしこの会場も300人以上のキャパを持っているので仕方はないだろう。
上映終了後、押井守監督と音楽の川井憲次氏が登場されて舞台挨拶。川井氏はアッシュの役の方が来られなくなった為に代わりにいらっしゃったそうだ。また会場で発表されたが、本映画は正式にポーランド大使館のサポートを受けたらしい。舞台挨拶の内容としては、すでに方々で語られていた事でそれほど目新しい事はなかった。


舞台挨拶終了後、
押井守MLのオーナーの都々目氏の集い(笑)に参加。今回は8名ほど参加された。ぶらんだら氏が夕方からサバゲーの室内戦をやりに行くと言う事で得物持参で来られていたせいか(笑)喫茶店に行ってからもエアガンの事をメインに話が進んでしまった。恐らく私はミリタリー、エアガン系の人間だと思われただろう。そっち方面はかなりキャリアが浅いのだが(汗)集いが終わってから、私とぶらんだら氏とHMVにAVALONのCDを買いに行く。ここだと、AVALONポスターが付くと言う事で敢えて購入(^^;その後、ぶらんだら氏と新宿まで同行し、「そのうちサバゲーの交流戦をしましょう」と言って分かれた。自宅に戻ってから、早起きしたせいか寝てしまったが、数時間後に覚醒した。そして、目が覚めると外が白かった(*_*)いつの間にか雪が降っていたらしい。思わず、旧OVAの「2課の一番長い日」を思い浮かんでしまった(爆)
追記:映画の感想について
押井監督の実写映画「トーキングヘッド」で「映画について語ることは映画を見たことについて語る事に過ぎず、映画そのものについて語っているのではない」と言う言葉がある。まさしく、人は映画そのものについて語る事は出来ない事は分かっているが、それでも敢えて私の「映画を見たことについて」語らせて頂く。但し、ここでは余りネタバレにはならない些細なことばかりを語らせて頂く(ぉ
映画の色彩についてだが、これは賛否両論である。物語の殆どはモノトーン調の色を落とした色彩なのだが、東京映画祭で見た時は正直言って目が疲れた。しかし、今回は特に気にする事はなかったので、目が慣れた可能性も無いわけではないと思うが、映画館によって露出が異なる可能性がある。可能で有ればその映画館で見た人から感想を聞いて当たりはずれを調べた方がいいかも知れない。または、複数の映画館に行ってみれば違いを分かる可能性もある。日本の映画館はそういった設備に対していい加減だと言われいるが、その違いが分かるかも知れない。
よく映画館でなければ臨場感を味わえないと言うが、今回私が最もそれを感じたのがアッシュが自宅に戻った時に愛犬が足下に近づくシーンだった。そんなシーンで感じてどうするという話もあるが(--;
この映画でも押井氏のキーワードである「食事シーン」が出てくる。さすがに蕎麦は出ては来ないが(ぉぃ 確実に今までで最もねちっこく描写されているだろう。食事と言うよりも
食餌と言った方が的確である。人によっては嫌悪感を覚えるかも知れないが、貪り食う姿の方が「旨そう」に見えるの。黙々とお上品に食べる食事は単に固苦しいだけである(--;
話のオチを言ってしまうがラストはハッピーエンドとは言えない。監督も「AVAONの世界の先の事は僕も分からない」と語っている。つまり、そういう話なのだ。世の中ハッピーエンドでなければ満足しない人もいるが、そういった人には不満が残るだろう。「夢は覚めなければ夢ではない。それは現実である」これを否定する事は出来るのか?起こる事は現実として受け止めるしかないのだ。
映画の最後はゴーストである少女が微笑んで(或いはそう見えて)終わるが、その意味はあなたの中にしか存在しない。なぜなら、映画については語る事は出来ないのだから。
2001.01.19 仕事先でいつも通り他の会社の方とやり取りをしていたのだが仕事の話が終わった後、そーじゅ氏と同じ会社の方のS氏が近づいてきてボソリと「そーじゅさんにあなたのサイト見させて貰いました」と言われる。
思わず、「あんたも見たんかい」と言ってしまう(--; 話によるとうちのサイトのコンテンツの
半分は分かったらしい(汗)一体何が分かったのかと問い合わせたところ、実はS氏は大学時代TRPGサークルに所属していたらしい。さらに当人は「一ヶ月辺り2回ぐらいプレイヤーをやっていただけです。」と言うが……。どう考えても十分なキャリアの持ち主だろう(汗) 友人が実はそういった過去があったの言うならまだ話は分かるが、言ってしまえば取引先の相手からこういった話ばかり聞いているのは気のせいだろうか?S氏の同僚のH氏も高校時代はTRPGをやっていたと言うし。実はTRPGって結構普及していたのでは?と考えてしまう。そんな事はまず無いとは思うが。理系の人間というのはこんなんばっかりか?(爆) サイトを作って早二ヶ月半経つが、思わぬ身内及び仕事先の人からコメントを貰うのはかなり恥ずかしい物がある。インターネットって直接顔を合わさないメディアだったよな?(汗)
今週気が付けば1100Hitsを超えてしまった。
初めて一ヶ月程経った頃に「一日あたり7、8人は来て頂いてありがたい」等と言っていた数の2倍以上のアクセス数である。お二方からリンクを張って頂いているのが効いたのだろうか?うちのカウンターはリロードなどしても加算しないタイプの物なので、数を考えるといい加減私の知人でない人からのアクセスがかなり増えていると思われるが、その割にうちの掲示板は身内しか書き込まれていない。そんなに敷居が高いだろうか?今私の知人でない方が書き込みをしてくれれば、うちの写真で壁紙ぐらいは作ります。何でもいいので書き込んで下さい(--;
上の話にも若干絡むが、カウンター数が増えた割に切り番を踏んだ通知が全然来ていない。確かに自分で700番や1000番は踏んでいるが(--; 他のサイトであるらしいが日記を書いているサイトで、日記の所に直接ブックマークをしてその他の所には全く目もくれないと言う事があるらしい。まさか、それでカウンターの数を知らないのだろうか?直接日記の所にアクセスしているかを調べる方法もあるにはあるが、そこまでやる気もないのでこれからはここのhtml名を気が向いた時にランダムに変える事にする(--; 今までダイレクトに日記にアクセスしていた方はくれぐれもホームからアクセスするようにして下さいm<_ _>m 出来れば、その時のカウンターの値も見て頂ければいいのだが……。
以上の件、ご意見有れば
来客名簿、ないしは
メールにてお願いします。皆様の挑戦をお待ちしております。掛かってきなさい(爆)
2001.01.17 去年からWinMEに呪いの言葉を吐き続けていたが、今回またシステム、及びツールの設定をいじったので報告する。最初にお断りさせて頂くが、今回書く内容には前回以上に危険な事が含まれている。
ここに書かれた事を行ってもしシステムが立ち上がらなくなるなどの問題が起きても
当方では責任は負えない。あくまで
自己責任で行って貰いたい。
書かれた内容を理解できない方が行うべき内容ではありません!
今まで
ノートンユーティリティーのディスクの表面チェックと言うのを行わせていたのだが、表示を隠していたので設定した本人も忘れていた(汗) このチェックを入れていると、暇さえ有ればディスクのアクセスするので辞める事にする。Win95の時代から今まで表面チェックで引っかかることはなかったので、たまに寝ている間にでもチェックさせていれば大丈夫だろう。
VirusScanもファイルの実行などのチェックをさせていたが、LooxのCPUであるCrusoeの製品特性から言って常時監視させるのは酷だろうということでこれも辞めてしまう。さすがにDLチェックなどはさせているが。最も最近はメールからの感染が主だから余り問題はないと勝手に考えている。それに私はこの手のウイスルの諸悪の根元であるOutlook系のソフトはレジストリに至るまで削除してしまっているので問題は無かろう。
さて、ここからの今回の本題なのだが、WinMEでは新しく「システムの復元」と言う機能が加わった。何か問題があった時にシステムが定期的にないしはユーザーが保存していた状態にシステムそのものを戻してくれると言う機能なのだが、私は
これで非道い目にあったので、使用しない設定にしていた。しかし、それでもUserリソースや物理メモリが余り増えていなかったので思い切って自力でアンインストールする。
まず、「C:\WINDOWS\SYSTEM\RESTORE」配下のファイルをすべて別の場所に移す、ないしは削除してしまう。この時恐らく「stmgr.exe」と言うファイルが削除出来ないと思うが、PCを再起動した後でなら削除する事が出来る。特に気にしなければこのままでも問題ないが、レジストリにはシステムの復元について書かれたままなので、出来ればそちらも消してしまった方がよい。レジストリの場所は
CLSID\{bf404da2-7d3b-11d3-b9e5-00c04f79e399}\ToolBoxBitmap32
CLSID\{ec05a2df-14df-42cc-9365-94df72595a48}\ToolBoxBitmap32
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CLSID\{bf404da2-7d3b-11d3-b9e5-00c04f79e399}\LocalServer32
CLSID\{ec05a2df-14df-42cc-9365-94df72595a48}\LocalServer32
\Microsoft\Windows\CurrentVersion\RunServices が参照しているレジストリ値 *StateMgr
である。ただし、この値は私が自力で探したわけではなく、ノートンユーティリティーのWinDoctorを使って削除させたレジストリのLogを切り出した物である。レジストリの内容については私も詳しくは分からない。
今のところ、ノートンユーティリティー、VirusScan他2つほどのアプリを常駐させているが起動時にUserリソースは88%を保っている。これはそれなりの数値ではあると思われる。以上の設定変更で、もし少しでもM$の呪縛から逃れることが出来れば幸いである。
2001.01.15 今日も今日とて、監禁待機任務。もう、一ヶ月会社の席にいない(汗)まともな仕事の仕方など忘れてしまった、と思いつつ今日も個人的な作業に取りかかる(爆) まだ
土曜日に買ったPHSに電話番号を移していないので、移行作業を始める。前に使っていた
Paldioの611SはPCカードで直接、今回の
H"のKX-PH23FはUSB経由でPCに接続できるし、両方ともネットで専用の電話帳編集ソフトが手にはいるのでPC上で作業する。私はあまり電話帳に登録をしていない方だとは思うが、それでもPHSのキーで名前を打ち込む気合いは無い(--;
611Sに入っていたデータを吸い上げてからcsv形式
*1で保存し、H"の編集ソフトで適当な電話番号を入力してcsv形式に保存し、双方のファイルをエディターで見て……固まった。ファイルの書式が違う(汗)まあ、ある程度は予想できたが、Paldioは各項目を""で囲んでいるのに対して、H"は特にそういった事がしていなかったので一瞬焦った。とりあえず気を取り直して作業再開。今のままでExcelで読み込むと「090」の部分が「90」と認識してしまうので項目の最初に「0」が付くものは頭に「'」
*2を入れてやる。これはエディターで置換しただけなので直ぐに終わる。PaldioのcsvファイルをH"のCSVにExcelで挿入してやって、H"の編集ソフトで認識出来ることを確認したら、Excel上で編集する。ここまでやって思ったが、普通の人ではこういったテクニックは知らないだろうから、毎回端末で打ち込むのだろうか、あのキーで?確かに携帯電話の編集ソフトは売っているが、今回のような一回だけであろう、異なる電話会社との機種変更のために払うのは私的には馬鹿らしい。第一、PHS関係に対応したソフトは試しに探してみたが見つからなかった。PHSはネットでDL出来るのがあるのだろうが。
611Sは一人あたり電話番号が2つ、振り仮名も全角で2文字入るだけだったが、KX-PH23Fは電話番号とメールアドレスが3つまで、振り仮名も半角で12文字入るのでかなり編集を要する。約60人近い数を編集するのはかなり酷だった(--; どうにか編集が終わって、USBでファイルを端末に転送する。転送するのに2、3分どころではない時間がかかったがまあいいだろう、転送が完了したのを確認してハイお終い…のハズだったが、今頃になって電話番号のPHS、携帯などの識別マークを入れ忘れたのに気付く。PHSの画面は小さいので出来れば識別マークが有った方がいいが、編集ソフトで一つ一つ設定するのは面倒なので、CSV形式にしてからExcel等で一括で出来ないかどうか調べてみるが、データのどこを見ても見つからない。どうやら、CSV形式にすると認識マークまでは引き継がれないようだ(T_T) しかも、PHSのパネルを見たら、今日の朝まで充電していたはずなのにもう電池のメモリが減っている(*_*) まだ、買って直ぐなので電池が活性化されていなかったのか?仕方ないので、全部の番号の識別マークをPHS上で行う事に……(泣)
どうにか、入力が終わって今度は知り合い方への電話番号変更周知。幸か不幸か私の電話番号を知っている人で全くメールアドレスを持っていない人は2人しか!居ないのでほぼ全員メールだけで通達を出す。最近の携帯、PHSにメールアドレスが付いているのはこういう時に便利である。通達作業をしている時に思ったのだが、私の電話番号を知っている人は大体親しい人なので私も連絡先を詳しく知っているが、私のメールアドレスを知っている人はある程度親しい人でも私がメールアドレスをアドレス帳に書き損なっている場合がかなりあるので、どう連絡すればいいのだろうか?xDSLやCATVなど高速なプロバイダーへの乗り換えは考えているのだが、その時のメールアドレスの変更通達はどうしようか?まさかメールアドレスを取っておく為
だけに毎月約2000円も
ODNに払うのは馬鹿らしい。もちろん、ODNがxDSL等に対応してくれれば問題はないのだが。
*1
Excelのような表計算のデータを「,」で表現するファイル形式。この形式だと通常は数値しか保存されない。
*2
Excelだと、数値は1以下の小数点でもない限り、頭に0が付くことはあり得ないため0を省いてしまうが、頭に'を付けると数値ではなく文字列として認識するため、最初に0が付く数値でも問題なく認識する。この事は以外と知られていないようだが。
2001.01.14 ようやくリブレットへの無料インターネットプロバイダー接続の件が済んだので、私が前に使っていたアプリなどを消して、システムの最適化まで行う。SpeedDiskでHDDを最適化している間にWin2Kの音源ボード入れ替え作業、前日買ったPHSの設定なども並行して進める。)
前日に
98Lite関係の事を調べていて、そのついでに
今日の必ずトクする一言でWindowsの設定がらみのことも調べていたので、Lookの設定なども合わせて行う。何故個人が
自分の部屋でマシン3台のセットアップを行っているかという問題はさておいて…(--;
しかし、リブレットの作業が殆ど終わりになった所で問題が出た。昔にも有ったのだが、起動してから10秒ほどするBlue Boxが出てしまいまともに動作しないのだ。昔もこの問題が出ていたのだがこれが再発してしまった。これはハードではなくソフトの設定絡みなのは分かっていたがキチンとした事が分からないまま、騙し騙しに運用していた。結局解決するまでに
4時間!を要したので、その間の詳細省くが原因はWin95の「電源管理」と東芝の「省電力設定」がかち合うことが原因だったようだ。このマシーンはこれからはモバイル用途には使わないので、省電力の類の設定はすべて外すことで解決とした。しかし、ここに辿り着くまでに先ほど言ったサイトを参考にシステムの最適化も一緒に行ってしまったので起動時にはUser リソースが95%を超えるとんでも無いマシンが出来上がってしまった。ちなみにこの状態でも
ノートンユーティリティーなどは立ち上げている。我ながらいい仕事をしたものだ(ぉ
何だかんがで18時を回ってしまったが(--;ようやく自宅にマシンを納入する事が出来た。父親が帰宅後、インターネットの仕方などを教える。今回は特に母親がインターネットで株取引をするのが目的だったのでサイトの場所を教えたり、調べた情報をHDDに保存する方法などを重点的に教えていたのだが……、人の話を聞かない私の父親は散々私が目の前で教えたあげくに一言、「で、どうやるんだ?」 ……(--; おひっ! さらに「何かゲームは入っていないのか?」と来たものだ(泣)やはりこれからは母親の方に重点的に教えるべきだろうか?確実に母親の方が物覚えは良いとはいえ、色々忙しい方なので気は引けるのだが(--;
最後に折角なので私が今回行ったことを簡単ではあるが紹介させて頂く。とは言え基本的には先に挙げてサイトの書かれている事を行っただけなので、ここではそこでは書かれていない又はそれにまつわる細かい事だけに留めておく。
最初に断って置くが、ここに書かれたことを行ってもしシステムが立ち上がらなくなるなどの問題が起きても
当方では責任は負えない。あくまで
自己責任で行って貰いたい。
システムのフォントを固定ピッチフォントに変える事について書かれているが、Systemフォントでは大きさが大きすぎる場合がある。その場合は
Ticago95と言うフォントをお勧めする。こちらだとある程度の大きさのフォントが揃っているので便利である。但し、このフォントはMac風システムフォントなのでかなり好みが分かれると思われる。私は余り好きなフォントではないのでWin2kでは導入していない。もっとも使っているうちに慣れるとは思うが。元々Mac OSユーザーならむしろ好みが合うかも知れない。
システムをいじるのにM$からノンサポートであるがTweak UIというツールが出ている。これは英語版のみだが有志の方から
日本語化するソフトが出ている。時々Tweak UIの置いてある場所が変わる事があるそうなのでTweak UI本体もこちらのサイトからリンクを辿って頂きたい。なお、
窓の杜にあるファイルは古いVer.なので注意して頂きたい。
Windowsのシステムを変えるソフトの大御所、
窓の手でもかなりの最適化を行うことが出来る。もしご存じなければ一度お試しあれ。
Win98以降からはmsconfigというツールでかなりシステムをいじる事が出来るが、Win95には入っていない。今回リブレットでシステムをいじる時、実は1年ほど前にも先のサイトを参考に最適化を行っていたのだが、その時どうやってinternet.exeを殺したか忘れてしまった。Systray.exeに関しては今回ファイルを別の場所に移すことで対処した。ただし、このファイルはノートパソコンなどでPCカードのプロパティーを常駐アイコンで表示する時には必要なので、アイコンからカードを抜き差しするなどする方には殺してしまう事はお勧めしない。
以上の情報は日記の過去ログに埋めてしまうのは勿体無い気もするので、掲示板、ないしはメールで意見が上がれば別コンテンツとして当サイトに正式に上げることも考えている。その時には図などを入れて詳細に記載しようと思う。
2001.01.13
年末に今のPHSでキャラトークが使えない件があって以来、買い換えを色々考えていた。4年半Docomoのを使っていたが、Docomoは明らかにPHSで商売する気が見えないので、思い切ってH"に乗り換える事にする。買いに行くのを新宿にするか秋葉原にするか迷うが、音源ボードの買い換えもあるので秋葉原へ向かう。「USB接続ケーブルは欲しいが、Feel H"である必要は無い」という条件で探していたが、色々回った結果USB接続ケーブル込みで\5800-だったソフマップにする。今まで本体はフリップタイプを使っていたので、今更他のタイプに乗り換える気もなく旧型なのは分かっていたがPanasonicのKX-PH23Fで契約する。これが最後の端末と言う事で色はホワイトになる。これがピンクだったらさすがに諦める所だが(--;
契約後、30分ほど時間が掛かると言う事でその間に音源ボードを探す。そもそもWin2Kで動かなかった事での買い換えなのでWin2Kで動くかどうかを確認しながら店を回ってみるが、以外と明記されていない事が多かった。結局、T-ZONEでA-OPENのYMF744チップの乗ったボードを購入。ついでにH"に繋げられるキーボードの類を捜す。実は前からメモ書きやスケジュール管理などでキーボードが付いている簡単な物が欲しかったので、それも兼ねられれば?と考えていた。今までPHSで繋げられる物で?という風には考えていなかったので今回初めてそういった物を探してみたが、J-PhoneやCDMA-ONE等は複数の会社から製品が出ているが、H"は
Panasonicからしか出ていないのを初めて知った。H"用のは値段も結構するので、ひと思いにWinCEマシンを買うか?と考えるがそこまで予算は出ないし、以前にも購入を考えていたがWinCEは高い割にレスポンスが遅くて二の足を踏んでいたので、今日の所はPHSだけ契約して家に戻る。が、戻る途中で
年始に月島に撮りに行った時のネガを現像に出したままだったのを思い出して慌てて新宿へ(--;
ネガを受け取った後、折角なのでまたキーボードを探してみるが
SHARPのMT-300と言うのに目が止まる。これだとベースがザウルスなので、スケジューラーなどの機能は豊富だし、ワープロ機能なども付いているので引かれる物がある。それに私的にはPanasoniよりもタイピングがしやすいし、値段的にはそれほど大差ないのでカタログの入手、今後の課題とする(--; 色々新宿の店を回っていたがヨドバシカメラでKX-PH23Fでは無い機種だが、USB接続キット込みで\3800-で売っていた。心の中で「例え、Email自動着信機能が無くても蓋付きがいいんだい!」と強がりを言っていた(--; 実家で食事をしてから帰宅後、呑み残していた日本酒を呑みきり、他に部屋に有った物も呑んでしまい気が付くと寝ていた(ぉ 明け方起き出して音源ボードののドライバーやら何やらをDLしてはいたが(--;
2001.01.12 21時過ぎに今週の監禁待機任務は終了、家路につく。帰る途中で週末の事をダラダラと考えていたが、どうしても呑みたくなって実家で食事を採った後
いつもの店へ(汗)今月は使い込みが激しかったので出費は抑えるべきだと分かってはいるのだが(--;
いつも通りに最初にジントニックを注文。普段はお通しでビスタチオナッツかジャーキーを選ぶのだが、今日はバーテンダーに問答無用でキスチョコを差し出される。どうもジントニックには合わない気がしたし、大体いつも同じ物を呑んでいるので、シーバスリーガルをロックで頼む。大人しく呑んでいたがマスターに「珍しい物呑んでいますね?どうせならブランデーの方がいいのでは?」と言われて、次にレミーマルタンを頼む。考えてみればブランデーは殆ど呑んでいなかった気がする。呑み終わったところでバーテンダーに次の注文を聞かれるが、今日中に色々ドライバーの類をDLしておきたかったので「フルーツでさっぱりした物」を頼むと、「どうしたんですか一体?そんなの頼むなんて珍しい。やる気無くしました」とまで言われる(--; また大人しく呑んでいるとマスターにまで「一体どうしたんですか?」と言われる。そこまで言うか? 確かに店を出てから、ボトルキープした方が安くつくのでは?と
真剣にに考えていたが(--;
2001.01.08 前日の狂乱状態から、昼前に覚醒する。お天道様を確認しようと外を眺めると……、風景が白い(--; 思ったより前日の雪は降っていたようだ。よく成人式の時は天気が悪いとは言うがよく言った物である。
さて、先週から気になっていたのだが、Win2KにOSを入れ替えてからMOVIEファイルを再生しようとするとシステムがハングアップしてしまうのだ。シャワーを浴びながらウダウダと考えていたのだが、一つ重要なことを忘れていた。Win98時代に使っていた音源ボードがWin2Kでは何故か認識していなかったのだ。O氏が帰宅後、YAMAHAから音源チップのドライバーをDLしてみるが、やはりダメだった。どうやら音源ボード自体がWin2Kに対応していなかったらしい(--; この件はひとまず諦め、前に使っていたモバイルマシンのリブレットのリストア作業をする。実家ではリブレットの前に使っていたチャンドラをリストアしてワープロなどに使わせていたのだが、インターネットがやりたいので設定してくれと言われていたのと、リブレットをこのまま余らせてもしょうがなかったので、マシンを交換しようと思っていたからである。ひとまずどの程度の頻度でつかう分からないので、無料プロバイダーの
LIVEDOORにする。リストア作業が思ったより掛かってしまったのと、モデムの設定でトラブってしまったのでキリのいいところで切り上げてあとは来週末にする。もうパソコンを買ってから9年半になるが、正直パソコンの設定をする事は飽き飽きしてきた(--; そうは言っても、必要な事だと思っているのでかなりカツカツな事ばかりやるが(ぉ
2001.01.07 結局、キチンとシナリオを纏めないままにセッション当日を迎えてしまった。とある映画を元ネタにやろうと思っていたのだが、そちらのイメージに引っ張られすぎて思うように作れなかった。何とかアドリブで乗り切ろう(ぉ
いつものように(--; 遅れて会場に到着すると、今日来れないと聞いていた人も来ている。元々今日はみんな予定が合わなかったので聞いていたのだが……、結局16人が集まっている(--; ここ最近では最も多く人が集まったのではないだろうか?何故TRPGでここまで(ぉ
結局私の卓は女性3人、男性一人の珍しい構成になってしまった。で、どうなった結局かと言うと……、一言
大失敗(爆) 何というかプレイヤーの方々ご免なさいm<_ _>mとしか言いようがありません。元ネタのイメージに引きずられて、まともにRPGになっていませんでした。はい、恐らく今までで最悪のマスタリングです。
前にやったアドリブマスターの方が遙かにマシ(汗)しかも、途中でポン氏に元ネタが「トレーマーズ」
*1なのがバレたし(爆)まあ、あれは出てくるモンスターがクトゥルーのクトーニアンそのままだが(--;
*2 セッション終了後14名!でサイゼリアで食事をした後、カラオケ屋に行く事になったが私もO氏もカラオケは駄目な人間なので(--;辞退させて貰い私の家に戻る。O氏は四国から来ていたので!私の家で泊まる事になっていたので一緒に来る。今回折角なのでK氏も私の家に来るように脅して、私は酒、つまみ等の買い出しに(^^; 買い出しから戻ってもK氏がまだ来ていなかったので電話で催促してから
昨日のブラックホールで買ったSIG PROを整備し出す。それを見ていたO氏が私の部屋にあった銃を持ち出して遊び出す。その頃になってようやくK氏到着。入ってきていきなりGLOCK 18Cを撃ち出す(--; さらに旧MGCのCZ 75 2ndまで持ち出したので私の部屋は武器庫さながらとなってしまった(汗)


折角買ってきたので、その後呑みながら色々話をしていたのだが、この二人はフラッシュライトを使って
怪しい写真を取り出すは、いきなりモンコレを取り出して、対戦を始めるわ、好き勝手にやっていた。いい加減友人を選ぶべきだろうか?(汗)
*1
映画「トレーマーズ」は2年に一回ぐらいはTV朝日の日曜洋画劇場で放映していた。ちなみに私もK氏、ポン氏、O氏のGM連中は全員知っていた。そういう連中はチェックが厳しいのか?また、O氏に聞いた話だが、「トレーマーズ2」というのも有るらしい
*2
地中に住むイカのようなモンスター。成長すると30mを超える(ハズ)映画では聴覚で獲物を探知するが、本家のクトゥルーではテレパシーを使うことが出来るので奴から逃げるのは難しい。今回のシナリオでは映画版のように扱ったが。
2001.01.06
今日はブラックホールというトイガン、ミリタリー系のイベントがあるので浜松町に出向く。ブラックホールには一昨年からずっと来ているが今年は小さい商店の類が増えて、KSCのような大きな所の出店が減っていた。このイベントも内容が変わっていくところなのだろうか?
今回KSCの店で銃を買う予定があったが諦めて他の店で探す。何とか安いところを見つけてR.M氏ご希望のKSCのSIGPRO 240を購入。ここでKSCのCZ 75 2ndに目が止まった。今日私はタナカのブローニングハイパワーMk.IIIという銃を買うつもりだったのだが、発売が延びているとの話を聞いて銃を買うのは諦めていた。しかしそれとは別にCZ 75は前から欲しかった。ブローニングハイパワーのマガジンは構造に問題が有り、マガジン内で弾詰まりを起こすことがある……。色々な事が頭を駆けめぐり、気が付くとSIGPROと一緒にCZ 75の勘定も済ませていた(--;
本当はもう少し色々見て回りたかったが、この後TRPGのメンツで初詣の約束があったので退散させて貰う。ところが建物を出たところで、見覚えのあるフェスティバが目に付いた。まさか?とは思いつつ浜松町まで歩いていると、件の車の持ち主であり、写真部の先輩であるアマゾン氏と遭遇。やはり、来ていらっしゃいましたか(汗)会って直ぐに拉致されそうになるが勘弁して貰い、TRPGのメンツと待ち合わせして、最寄りの神社へ。明らかにその他の参拝者とは毛色の違うメンバーがウダウダ言いながら2件ほどお参り。その後ファミレスで大分時間を潰してからようやく帰宅。翌日のTRPGのシナリオを作りながら、Win2Kのセットアップの続きをしていた。いい加減にセットアップは飽き飽きしてきた(--;
2001.01.05 年末に新しくCoolSCANIIIと言うフィルムスキャナーを買ったので、前に使っていたFS-1300WINをマイヤー連隊長に売り捌くために錦糸町へ。今日は自宅に戻ってからWindows2000への移管作業をするつもりだったのでヨドバシカメラに寄って
ノートンユーティリティーを買おうとするが、在庫がなかった。今はとりあえず諦めてそのままマイヤー邸へ。FS-1300WIN用のドライバーをATAカードで持ってきたので彼のデスクトップのPCカードスロットに差してみるが……カードが認識しない。彼が前に使っていたノートパソコンにも繋いでみたが何故か認識できなかった。昔このノートでファイルをやり取りした事が有った筈なのだが……。しょうがないのでエプソンのサイトからDLする。DL後、フィルムスキャナーの設定をしてみるが全く認識してくれない。1時間以上格闘したがどうにもならないので、ひとまず腹ごしらえ。食事しながら、何故かパトレイバーのTVシリーズのビデオを見る。始まって5分も立たずにビデオの内容がTV放映時の物ではなく、後にOVAシリーズに付属?したSSリミックス
*1
である事が分かった自分って一体……。マニアの悲しい性である(--;
食事後さらに設定を色々やってみるが結局ダメ。ノートンユーティリティーの買い出しなどがあったので、作業の途中で非常に申し訳ないが失礼させて貰う。所が私が錦糸町の駅に着いたところで電話があり、本来関係ない設定をいじった後に再度設定したらうまくいったとの報が入る。何はともあれ動いて良かった。
自宅に戻ってから、新宿に行ってようやくノートンユーティリティーを購入。帰宅後、デスクトップマシンのファイルを他のハードディスクなどに移動したのを確認してから、Win2Kへの移管作業開始。ところが何故かWin98上からのインストールがうまくいかない。一時間近く格闘していたが、諦めてFDDからのクリーンインストールを行う。やってみて思ったが、なぜかWin98の時よりもセットアップが早く終わったと思う。
NT系OSを扱うのは今回が初めてだったのでHDDから前のファイルを移動しつつ、すでにWin2K使いになっている
竜水氏にICQで質問責め。アプリケーションや書類の類が移し終わったところで力つきた。年末にLooxのセットアップもやっていたので、こういった作業はいい加減に飽きてきた(T_T)
*1
新OVAでTVシリーズも付いていたPシリーズと呼ばれ物は、効果音などが変更されたSSリミックス版が収録されている。実は今回初めてSSリミックス版を見たのだが、効果音どころかBGMまですべて変更されていた。見た奴はTV放映時にはシリアス路線だったBGMが正反対のコミカル路線に変わっていたので非常に違和感があった。誰かこれについて詳しい方いません?
2001.01.04 諸般の都合により、昼から横須賀へ出向く。行ってみると年末に起きた問題の後始末が……(--;。最も、それ以降は特になかったが。余った時間を利用してひたすら年賀メールを出す。最初は単にメールに画像を添付しようかとも考えたが折角なので懸賞付きがいいかな?と思い
年賀状用のメールサービスを利用する。ところがこのサイトがひたすらに重い。投書の説明まで画像データになっているのでやっていて嫌がらせではないか?と思えてくる。これで同時送信の数が多ければ問題はないが一度に5通までなのでひたすらページが出てくるのを待つ事に(T_T) 結局、この作業だけで一日が終わってしまった。気付けばTotal40通近い数を出していたのも問題ではあるが。今まで殆ど年賀状を出した事がない人間が良くやる物である(ぉ
年賀状の送信作業中に上司から電話があり、どうせ対してやる事がないだろうということで翌日の出勤は無しにして貰う。明日はいい加減にやる事をやらねば……
2001.01.03
今日は何とか6時過ぎに起きられたので、無事に年賀状用の写真を撮りに行く。すでに初日の出ではないが、細かいことは気にしない(--;最初は一眼レフで撮りに行く事を考えていたが、思った以上にデジカメが使えることが分かったのと、以下から銀塩で撮っていたのでは出来上がりまで待てないのでデジカメ一本で撮りに行く。撮りに行く場所は数年前から決めていたので、何も考えずに家に近くの公団の最上階に昇る。ここからだと、新宿新都心が見えるので前からお気に入りになっている。どうせ、その場で消去が出来るデジカメなので、日が出る少し前から撮っていく。色々アングルを変えながら20枚近く撮って終了した。なんだかんだで夕方から撮った写真を見ていたのだが……、当初の思惑とは別に新都心の方がいい出来なのでこっちを年賀状用にする。なぜ、私はこれから離れられないんだ?ちなみに写真の題名は「朝陽の中に」(ぉ でも写真を撮っている時にはTMNの某歌が頭の中で流れていた。朝っぱら何考えていたんだ(--;



商店街に入ってから考えてみたら、
この前月島に来たような気もするがまあ気にしない(--; 裏路地に入って、色々撮っては見るがどうもデジカメだと縦位置での操作性が良くないのと、ファイダー越しの視野の違和感、そしてMF特有の自分でピントを合わせる時の感覚等々で結局大半を一眼レフを使う。たぶん、道具の慣れの問題もあるとは思うが、絶対的に私の視点がデジタルカメラの広角側の33mmではなく、一眼レフで使っている28mmなのが一番大きいと思う。本当は28mmまでカバーするデジカメが欲しかったがそのクラスのを買ってしまうと10万では聞かなくなってしまうのでローアマチュアである私には望むべくも無い(--;

一通り撮っては見たが、元々撮り直すつもりだった聖路加病院を撮った場所が思い出せず、1時間近く放浪する羽目に……(--; 冬独特の横殴りの日差しを受けて街や橋の上を歩くのも悪くはない。年始から独りで放浪するのもある意味寂しい気もするが(--; 独りじゃないとこういうのはなかなか出来ないと思う。
聖路加病院を背にして延々と歩きながらようやくの事で目標の場所を発見する。自分でも良くもこんな場所を見つけてと感心してしまう。一眼レフとデジカメで一通り撮ってからその場から撤収したが、橋の上で年始の挨拶に使えそうなネタを見つける。これでこそ昼遅くに起きた甲斐が有ったと言い訳を考えつつもう少し撮り、ようやく帰路に就いた。
今年はもう少し社員を撮りに行く機会を増やしたいものだが……(--;


2000年を振り返って
書き込む時期がだいぶん遅くなってしまったが、20世紀最後の年となった去年の事を振り返りたいと思う。思えば去年は本当に色々あった。
1月末に思う事があって前の会社に辞表を出したのだが、辞表を出してから私を元々の希望していた部署に移らせる等という話があって、元々仲の悪かった課長と部長とで擦った揉んだあり、結局私と課長で仲違いしてしまい、結局は当初の予定通り2月一杯で退職してしまった。辞めた翌日に1年半以上切っていなかった髪をばっさり切り、その翌日に私の送別会に出向いたところ参加した方々に散々に言われてしまった。この送別会は私が課長と喧嘩した辞めた為に会社の課外活動には報告されない会社の補助金無しのだった上、私がみんなに退職を言ったのが辞める当日というとんでもない状態で開いて貰ったのだが、来てみれば課の人間の殆どが出席していて正直嬉しかった。まあ、元々みんな課長に対して思うところがあったので宴会の場では課長に対するとんでもない話ばかり飛び交っていたが(--;
行く当てがないまま辞めてしまったので、約一ヶ月はダラダラと惰眠を貪っていた。文字通り何もしていなかった気がする。ただこの時期にそれまでサバゲーの野戦で行っていたペンギン村と言う場所が封鎖されてしまった為、未だに大規模な野戦がご無沙汰なのが痛い。
一ヶ月してさすがに貯金の残高を見て冷や汗が出たので、ようやく転職活動再開。ただ、この時期はあまり転職活動には向かないと転職斡旋会社に言われてしまったが。私の経験で入れそうな所に書類を送ってもらいながら、一方でTPRG関係の事をやる。元々うちのサークルは12名以上いたのだが、色々あって5、6名程度になっていた。丁度この頃に、バイトの友人その他などで人を引っ張ってくる話があったのだが、新しい人は殆どが未経験者だった為、私の学生時代の友人でTRPGをやった事のある人間に片っ端から連絡を取り、何とかサークルとして立て直そうと色々やっていた。結局全員の努力?が実り、現在全部で20名近い人間が集まり……、人が増えすぎてゲームマスターと場所の確保に奔走している(大汗)何故今時TRPG関係だけでこれだけ人が集まってしまったかは神でない私に知りうべくもない(--; さらに馴染みにしていたBarのマスターが独立して
店を構えたのもこの時期だったと思う。殆ど毎週通っていた気がする(--;
そんなこんなで殆ど遊び倒してはいたが、結局最初に出した会社が受かってしまったので6月中旬にそのまま再就職をしてしまった。思えば、折角なのでもう少し色々会社を受けてみた方が良かったので無いかと思うのだが……。会社に入って暫くは、たまに室内戦で銃を振り回したり、賽子を振る位で大人しくしていたのだが、8月下旬に某OFF会に参加した辺りから一気にネット関係の
親しい友人が増えた気がする(ぉ また、この後から横須賀常駐の日々が続いている。
10月辺り横須賀の常駐内容が人身御供に近くなってきたので、待機の合間に自分のサイトを作り出す。なんだかんだで、11月頭に公開にこぎ着ける。当初は写真とTRPGのリプレイだけだったが、これだと平日は更新できないので更新履歴に形だけでも更新したフリをしようと日記なども書き出す。現在、思惑とは反対にここは日記サイトと化した感が……(--;
12月、諸般の都合により2度もシングルベル会に参加する。どちらも別の意味で狂乱の宴であった。両方とも恒例行事になるのだろうか?(汗)12月末、ついに冬コミで売り子デビューをやらかしてしまう(ぉ 正直言って当日はかなり忙しかったが、スペースの人の話ではこんなに本が売れたのは初めてだったそうだ。喜んでいいのやら(--; 他にも冬ボーで散財して、ノートパソコンやらデジカメやら買ったりもした
思えば色々あった年だったと思う。さすがは
厄年だけのことはあった(爆)21世紀もあいも変わらずこの調子か、はたまたさらに悪化の一途(--; を辿るとは思うが、ひとまず一年これを読んでいる方には本年もどうぞ宜しく。実は今年辺りいい加減にプログラムとかにも手を出そうとは思っているが、はてさて……
2001.01.01-2 あまりにダラダラしすぎて、多少遅刻はしたが(--;、6時40分上野に集合。ところで、JR東日本の「お年玉フリー切符」というご存じだろうか?元旦の一日のみではあるが、新幹線も含めて一日乗り放題という素晴らしい券である。ちなみに今年は1万円だった。今回、
先日アイスホッケーに行ったメンツの二人がこういう企画を考えたという事で私も拉致される事になった(^^;
事前に色々ルートを考えていたそうだが、6:58発のやまびこ・こまち1号に決定、ホームで電車が来るのを待つ。この時点でホームにはかなりに人がいたので不安にはなっていたが、新幹線が来てみると、不安が現実の物になる。……(--;、上野に来た時点で電車のデッキまで人がいるんですけど(*_*) 誰だ、始発駅の東京駅じゃなくて途中の上野駅集合にした奴は!新年早々、山手線のラッシュ並の混雑で電車に乗る事に(T_T)盛岡で座る事が出来たとはいえ、約2時間半を経ったままで過ごしていした(--;どうにか秋田に10:52到着、降りてから写真を撮っていたが、腹も空いていたので立ち喰いに向かう。今回の裏テーマは「駅の立ち喰いを制覇する」と心に決めていたのだ(ぉ 何はともあれ、ホームにあった立ち喰い蕎麦に入る、残念ながら、野菜天が品切れだったので山菜蕎麦を注文する。どう見ても、JR系直営の店だったので特筆するような味ではなかった。

乗り換える電車が来るまで大分時間があったので、駅ビルの土産物屋を物色。これなんかいいんじゃないか?と言って、きりたんぽを進められる。しかし
先日あんな目にあったので、一瞬イヤミで誰かに渡してやろうかとも考えたが、あの時の惨劇の状況が頭を過ぎったので辞める事にする(--;

11:48発の青森行きの各駅停車にのる。で、またもや座れない(T_T)最初のうちは車内の写真などを撮っていたので別に良かったが、さすがに目的地の大館まで2時間立っている気もなかったので、席が空くまで電車の床に座っていた。本当はあまり行儀良く無いこればかりは勘弁して貰いたい……(--;

大館に13:49着。ひとまず、立ち喰い蕎麦を探すが無い。お食事処は有ったが、今回の目的とは異なるので、除外とする(--; ひとまず3人で駅の外に出てみるが……、何もない。誰が大館で降りようなんて行った奴は?等と言っては見るが言ったところでどうなる物でもないので、コンビニで土産物の類を物色する。私は駅弁でも買おうかと思ったが、これからのことを考えて、薫製卵だけですました。あまりに何もなかったので14:11発の特急いなほ1号で青森に向かおうとするが雪のため20分以上遅れて駅に到着した。なお、またもや電車が混んでいたため乗っていた半分の時間は立っていた(T_T)
青森に15:41着。予定より30分近く遅い到着だったのと、いい加減電車に座って乗りたいので市内観光は諦めて、土産物屋で買い物を済ますだけにする。他の二人が買い物を済ませている間に私は目的の立ち喰い蕎麦に(^^; ここの立ち喰いは秋田とは違って、ホームに蕎麦を売る所があるだけで店舗が有るわけではないので客は吹きさらしのホームで蕎麦を手繰る事に(*_*) 暖を求めて訪れた人々がホームの上で輪になって蕎麦を手繰る姿は情緒があるというか……(--; ここで私は「縄文蕎麦」ある物を注文した。具は鶏肉、若芽、なめこ、とろろ昆布、クルミ!の入ったなかなか盛り沢山な代物だったが、秋田と同じ系列の店である事は明白だったし味もまあそれなりのものだった。

立ち喰いで暖を採ってから土産物屋へ。正直あまり対した物は期待していなかったが、「喜久泉 大吟醸生」と言う酒を手に入れることが出来た。ここの酒蔵の「田酒」という酒はいつも呑んでいるのでかなり期待できると思われる(^^:ついでにビールとつまみも購入してホームに戻った。
今度はさすがに20分以上前から並んでいたので16:54発の特急スーパーはつかり24号にちゃんと座る事が出来た。思えば、今回の度で初めて最初から座る事が出来た気がする(--; 席が取れたので出発までにゆっくりと写真を撮り、出発してからは同行した二人に呆れられながら独りでビールを乾杯(--; 前日まともに寝ていなかったので、盛岡までの間は殆ど寝ていた。

盛岡に19:06着。帰りは座りたかったので新幹線の指定席券の購入も考えたがお年玉フリー切符では別に特急券も購入する必要がある事が分かったので断念。R.M氏に帰りの新幹線の列に並んで貰って、私は最後の立ち喰い蕎麦に(--; しかし、各ホームを見てみたがどこも閉店してしまっている(*_*) ここまで来て裏テーマ挫折か?とも思ったが最後の望みを託して、改札を出てワザワザ探す(--; 幸い?改札を出た駅ビルの端の方に店を見つけたので、目的を達成する事が出来た。ここでは若芽蕎麦を頼んだが、若芽が何故か刻んであった以外は今までと同じJR系の店なので特筆すべき事はなかった。下に降りたついでに、土産物屋で冷麺と純米吟醸生の日本酒を購入、さらに一つぐらい駅弁を買おうとも思ったが、どこも閉店間際だったせいかどこも品切れだった為、諦めてホームに戻った。帰りの電車に並んだところで自分の写真を全く撮っていない事に気付いたので、新幹線が来てからR.M氏に私の写真を撮ってもらい、帰路に就いた。
今回は、年賀状用に朝日の写真を撮るつもりだったのだが全く撮れず、旅のお約束の駅弁も一つも口にすることが出来ず、同行した二人も本来計画した経路は全く使わなかったという非常に行き当たりバッタリな旅だった。来年はもうちょっとまとも?それとも、もっと混沌とした旅?どうでしょう、お二人さん(笑)


<参考> 今回の経路
上野〜秋田間:659.0km
秋田〜大館間:104.2km
大館〜青森間:81.6km
青森〜盛岡間:203.9km
盛岡〜上野間:531.7km
盛岡〜東京間:535.3km
この旅行で座れなかった区間
上野〜盛岡(下り)
秋田〜東能代
大館〜弘前
2001.01.01-1 どこか遠くで音がする…。一体誰だ?折角の惰眠を邪魔しないでくれ。
……はっ、完全に寝てた(*_*)慌てて鳴り続けているPHSを探す。
I氏「やぁ、21世紀おめでたう。」
私:「ああ、開けまして……、あ゛っ?今何時だ?」
I氏:「1時回るところ(笑)寝てたんかい?」
うあ゛ぁ〜、何て事だ。100年に一度しかない新世紀を思いっきり寝過ごしてしまった。しかも、
竜水氏に起こされるなんて!いくら奴とは「切っても切れない仲、腐れ縁」
*1だからって、あんまりだ。今世紀が思いやられる(ぉ
竜水氏と他愛も無い事を喋りつつ、慌ててネットに繋ぎICQに繋いでいる知り合い方に新年のご挨拶。チャットの方にも誘われて、みんなで新世紀を祝う。暫くして、腹も減ってきたのでチャットを失礼させて貰って、実家で雑煮を喰いに行く。幸い、親が起きていたので直ぐにありつく事が出来た。自宅に戻って又Qを繋いでいたが、元旦は朝から出かける予定だったので布団に潜り込んだのだが……、夕方寝過ぎてしまったので全然寝れない(*_*)どう考えても、このペースだと寝てしまったら、逆に不味そうなので寝るのを諦める。幸か不幸か、入れ替わりで人が繋いでいたので、出発時刻までダラダラと過ごしていた。
*1
彼との出会いは、15歳の時までに遡る。高専に入学して数日後、どこかの部活に入部しようかと、体育館裏の怪しげな部室長屋をウロウロしていると、突如私の方に近づいてきて、「ここって、春風高校の部室長屋みたいですよね?」と言ってきた男がいた。それが竜水氏との邂逅である(--;その数ヶ月後彼に、今いるTRPGサークルを紹介されたり、逆に彼をNHKのロボットコンテストの部活に引きずり込んだり(ぉ、写真部で一緒になったり……、学生時代色々な事があった。また、2年ほど前、諸般の都合で電動ガンを買ってしまい、折角だからサバイバルゲームをやってみようかと言っていた所、会社の人でそういう人がいるからと言ってゲルペ降下猟兵のマイヤー連隊長を紹介されたり、etc……、私の人生のターニングポイントで頻繁に出没してくる人物である(--;
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